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February 05, 2005

触手の招き-頭足類を好んだ男の話-

Dr. Kilmarnock's Obscure World of Victorian Erotica
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 Joshua Handleyは売れない画家であり、エロティックな文学のための挿絵を描き続けていた。あまりにも猥褻な絵であるため、いつ捕まってもおかしくないような状態に神経を尖らせているような生活を送っていた。Handleyが本の挿絵として描いた大半の作品は忘れされれることとなってしまったが、現在でもビクトリア女王時代のエロティックな項目における歴史文献において彼の作品を発見することができる。それらのほとんどの作品にはHandleyのサインが書かれていないものの、彼のスタイルは見分け易く、簡単に気が付くことができるであろう。

 1882年にHandleyは日本へ旅行する機会に恵まれることとなった。彼の遠い親戚であり、熱心な日本研究家であったSir Neville Thrippに招待されて、絵描き、写真家として日本の旅へと同伴させられたのだ。Sir Nevilleは当時ヨーロッパであまり知られていない日本の文化を調べて記録することを目的としており、それらを本にすることで未知なるものをこよなく愛する人々に売れるだろうと考えていたのだ。そしてHandleyがそういった非慣習的な世界を描くことに長けていることを知っており、出版社が求めるような秘境に対する鋭い観察力を兼ね備えているとわかっていたのである。

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 そんなことをよそに、Handleyは日本で数え切れない数の写真を撮影しており、それらの中には彼の評判を高めると考えられるすばらしいものも含まれていた。当時は硝子板にたくさんの薬品を使用しなくは、写真を撮影することが不可能であったにも関わらず、Handleyはその技術に長けていたのだった。日本のエロティックな挿絵や春本といったものは、Handleyを感激させ大いに興奮させたようであった。日本人の性に対するあけすけな態度は、当時の西洋の人々からすると考えられないものであったため、彼を驚かせたのだ。しかし特にHandleyが関心を引かれたのは、1814年ごろに出版されたとみられる葛飾北斎の作品である『喜能會之故眞通』に対してであり、その中のにある海女さんと蛸の性的な関係を描いた版画であった。Handleyはその絵に衝撃を受けて取り付かれたようになり、生涯その関心を絶やさなかった。彼は日本に滞在している間に、日本人の芸術家によって作られた同じような作品を大量に購入して注文までしていた。同僚たちにも理解されず、他人の奇癖に対して何も言わないSir Neville Thrippにおいてすらも困惑した顔をするといった具合であったようだ。


 イギリスに帰ってきてから、Sir Nevilleの考えていた計画は失敗することになる。彼の旅行記を出版する約束をしていたフランスの会社が、あまりにも理解を超えた世界であるとして、誰にも売れないだろうと文句をつけてきたのだった。結局Handleyが描いた絵やら写真などは、探検記の出版計画を断念し物語を書くことに専念し始めたSir Nevilleによって捨てられてしまったのだった。Handleyがエロティック文学の挿絵を描く仕事に見切りをつけたのはこの頃のことであり、蛸に関する性に強い関心を持っていた彼は、自ら日本で見たような日常世界を逸脱した世界感を持つ話とその絵を描くことを決心したのだ。彼の書き出した話は何の変哲もない始まり方をするもので、一見すると当時の冒険小説か何かと間違えてしまうようなものであったが読み進めれば全く違うことが理解された。真珠を養殖する女性、難破した船の淑女、それに海水浴をする裸の女性たちが策略高くずる賢い蛸の餌食となり、精力的な触手によって絡まれるというものであった。しかし、これは一体なんであろうか?戸惑いに陥っている女性たちが蛸に抵抗することなく、その捕獲者の人間的でない手荒な手段に身を任していたりするものだろうか?実際に彼女たちが、触手や吸盤による手荒な方法に対して屈服することなどあるのか?


saekitako.jpg 残念ながら彼の作品は、過去にエロティック文学の挿絵をしていた頃に付き合いのあった出版社にも好まれることなく、遠ざけられることとなった。寛容さで有名であったSir Neville Thrippですら、彼の作品に対して後に意見をしている。その問題の一つは女性が頭足類に強姦されて弄ばれる描写があることであった。それはサディスティックな人間にとっては心地よいものであるかもしれぬが、そうでない人にとっては問題があるなどといった指摘であったものの、彼らは二人で昔の冒険の回想を楽しんでいたのかもしれなかった。疲れきってしまい、自分の持ち味すら嫌いになってしまったHandleyは、ポルノという領域との関係を完全に絶ち、自分であることがばれないように母親の旧姓を使って子供の本に挿絵を提供する仕事に転職することをを最後に選んだのだった。そして生計を立て、優秀な仕事をする人間としての名声を得るまでになったが、話に登場する海の怪物や触手の描写に関しては相変わらず鮮明であり続けたようだ。



wiki tentacle rape
(触手レイプについて)
 テンタクル・レイプとはエロティックな変態(hentai)ホラーアニメで見ることができ、大量の触手を持った怪物が強姦したり女性を突くといったものである。

 前田俊夫の『超神伝説うろつき童子』が触手アニメの発祥といわれ、日本の厳しい検閲をくぐるための方法を考え出したと説明される。そのように言われるのは日本の検閲においては、ペニスの描写を禁じているのだが、その形状と似ている触手の描写は検閲に引っかからないためである。

 触手を持った生物によるエロティックな描写とは、日本において古くから見られ、アニメによるポルノ上の触手たちが登場するはるか以前から存在していた。それらの中で最も古い部類に入る(一番古い可能性もある)作品は北斎の(The Dream of the Fisherman`s Wife)であり、女性が二匹の蛸によって絡まれて性的に苦しめられているという描写がされている。これは春画の傑作の一つに数えられ、現在に至るまで多くの芸術家たちによって模倣されている。

参考:
Teraoka Masami
佐伯俊男
Hokusai Manga Picture Gallery
蛸プレイ(実写)

Posted by Seiji at February 5, 2005 05:36 PM | TrackBack
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